逃亡中のスリランカ大統領、戦略的な豚肉備蓄を放出せざるを得ない中国、国会が休会となったインド、ネパールから日本、そしてオーストラリアに至るまで、各国政府は、80年代初めより見られなくなっていたインフレという脅威によって、貧困に陥り、怒りを抱えた国民と対峙しなくてはならなくなりました。
欧米ではすでに1年以上前から大きな話題となっていたインフレの影が、今、アジア経済にも忍び寄っています。インドでは小麦、マレーシアでは鶏肉といった主要な食料の輸出を禁止し、韓国やインドネシアではエネルギーコストの補助を行うなど、アジアの各国政府は資金力を駆使して、本来なら消費者や中小企業にかかるはずの負担を吸収してきました。短期的に見れば効果はあるものの、インフレが一時的な現象では終わらない場合、こうした措置は持続可能とは言えないのが事実です。
いずれにせよ、企業は日々リスクが高まる「ニューノーマル」に備える必要があります。
コロナ禍で得た教訓を挙げるなら、最初は遠い場所で起こった出来事がやがて身近なところまで広がっていくということです。パンデミックによって、さまざまな経済分野が停滞し、摩擦のない貿易、絶え間ないコスト削減、グローバル化した「納期厳守」のサプライチェーンの上に築かれた国際経済システムの深い亀裂が露わになりまた。
突如として、コンピューターチップから市販の医薬品に至る重要品目の不足、あるいはロックダウン(外出禁止策)やソーシャルディスタンスによる経済的影響への対処を迫られた政府は、旧式のケインズ主義政策への転換を図ることになりました。世界各国は企業を支援し、需要を回復させることに注力し、拡張的な財政・金融政策を導入してコロナ禍以前から低迷していた経済に前例にないほどの資金を注入しました。カナダでは、2021年~2022年の連邦政府の赤字がGDPの5%近くにまで膨れ上がる一方で (2022年~2023年の目標は2%) 、2022年初頭、米国の消費者の貯蓄額は、2019年よりも3兆3000億ドル多い金額を記録しています。
一方、EUでは、2020年12月に2兆ユーロの新型コロナウイルス収束後の復興支援策を発表しました。アジア各国の政府も、それほど積極的ではないにしろ、こうした流れに追随しています。パンデミック規制が解除され、消費者は鬱憤を晴らすように買い物に走りました。
一方では、ロシアのウクライナへの侵攻とそれに伴う欧米の経済制裁によって、物価高への圧力がさらに強まっています。世界トップレベルのエネルギー産出国であるロシアは、天然ガスを利用してヨーロッパ諸国に圧力をかける一方、ウクライナの港を事実上封鎖しました。その影響で、国連食糧農業機関の食料価格指標は史上最高値を記録しています。
こうしたインフレショックは企業を揺るがせ、新型コロナウイルス関連の財政支援制度が終了するとともに深刻化しているようです。
米国では、雇用市場が堅調に推移し、個人消費も安定しているにもかかわらず、特に小売業がインフレの影響を受けるという予測が多く見られます2。すでに、世界的な化粧品メーカーのレブロンが、製品に対する需要は依然として堅調であるものの、サプライチェーンの分断、原材料費、物流コスト、人件費の高騰、信用条件の厳格化に対応できないとして、連邦破産法11条に基づく会社更生手続きを申請しています。AP通信によると、6月のインフレ率は前年比で11%上昇し、生産者物価は商品で18%、サービスで8%近く高騰している中、ほとんどの企業は、こうしたコストを消費者に転嫁できないだろうと予測されています。
さらに厳しい見通しの欧州企業3ウクライナの紛争は収束する兆しすら見えず、ヨーロッパの企業への影響はさらに拡大すると見られています。ドイツでは6月から7月にかけて景況感指数が4ポイント低下し、イタリアでは7月21日にドラギ政権が崩壊し、政治危機に陥っています。インフレ率6.5%のフランスは、ロシアのエネルギーへの依存度は低いにもかかわらず、経済状況はEUの近隣諸国より良いとは言えず、IMFは「来年、英国はG7の中で最も成長率が低い国になるだろう」という予測を発表しました。ロシアがEUへのガス供給を削減したことで、ドイツのアルミニウム、ガラス、化学産業は崩壊の危機にさらされています。ヨーロッパの一般家庭のエネルギー料金は、1年前と比較して300%も跳ね上がりました。
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アジアは、これまで比較的順調であったとはいえ、インフレと完全に無縁ではいられません。アジア諸国は、全体的に強固な経済基盤に支えられ、欧米によるロシア政府への制裁措置にも積極的に参加せず、ロシアを支持することもなく、地域差はあるものの、依然として健全な成長を続けています。
アジア開発銀行によると、中央アジアの国々は地理的にロシアに近く、経済的にもロシアと密接な関係にあるため、インフレに対して最も脆弱です。一方、厳しい新型コロナウイルス感染症対策を導入している中国、韓国、日本、香港の経済は、引き続き制約を受けていますが、東南アジアでは観光業の急速な回復、好調な輸出、競争力のある労働コストを背景に、インフレ率を上回る健全な成長率が期待されています。
インフレだけでも十分悩みの種ですが、問題は特効薬がほとんどないことです。インフレが「スタグフレーション」(インフレ率と失業率を足した「悲惨指数」が示すように、景気の停滞と物価高騰が同時に起こる厳しい状態)に移り変わることが不安視され、完全な政権交代(スリランカの事例)とまではいかないにしても、政府や中央銀行は物価上昇の抑制に関しては積極的に対応する傾向があります。これは一般的に、厳しい緊縮財政と大幅な金利引き上げにつながることを意味します。米連邦準備制度理事会は今年に入ってからすでに4度の金利引き上げを行い、直近でみると、7月27日にはカナダ(1%)に続く0.75%の利上げを実施しています。
新型コロナウイルスやインフレと同様、経済大国の金利上昇は他の地域に「感染」する可能性があります。リスク認知が高まると「安全逃避先」へ逃げる傾向が強くなります。つまり、米ドル投資家にとっては、新興市場の資産を売却し、米ドル建ての商品を購入することを意味します。
新型コロナウイルスの感染拡大やウクライナ紛争をきっかけにサプライチェーンの抜本的な見直しが始まり、価格への圧力がかかるなど、消費者・企業ともに厳しい状況にあります。ヨーロッパは、ロシアへのエネルギー依存を断ち切りたいという意向を表明しましたが、それは当面の間、たださらなる痛みを味わうことを意味します。ウクライナ紛争は終結の兆しが見えず、世界の食糧供給を混乱させ続けている中、米中間の緊張の高まり、中国の「ゼロコロナ」の取り組みは、ひとつの危機から別の危機へと移行しているように見えるもので、世界にさらなる不確実性をもたらしています。
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先が見えない予測不能な状況の中で高まるリスクに直面しながらも、成長を目指す企業は、自社のマイナス面の保護に注意を払わなければなりません。
米で起きている「痛みを伴う調整」は、強固な信用リスク管理に支えられ、無謀でなく大胆に行動できるアジアの企業であれば、魅力的な成長のチャンスになるはずです。
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